第64回 住宅(不動産)にかかわる民法改正の概要(19)



回も、契約一般に関わる法改正のうち、住宅(不動産)に関わる論点を取り扱います。今回は債権の消滅時効に関わる改正内容を見ていきます。



1 債権の消滅時効とは

売買代金や賃料の請求権など、特定の人に対し、特定の行為や給付(金銭支払など)を請求できる権利のことを債権といいます。

民法は、いったん発生した権利であっても、一定期間を経過すると消滅すると定めており、これを消滅時効といいます。債権についても、他の権利と同様に消滅時効の定めがあります。

消滅時効については、当事者が時効を主張(「援用」)する必要があることやその効果など、押さえておくべきポイントがありますが、本コラムでは、今回の改正に関する点に絞って説明します。

消滅時効の制度が設けられた理由は複数あるとされていますが、その一つとして「権利の上に眠る者は保護に値せず」という古い法格言が引用されることがあります。権利は適正に行使することが求められ、長期間行使せずに放置している権利者は、権利を失ってもやむを得ないと考えられているのです。





2 住宅に関わる消滅時効

住宅(不動産)に関する取引において消滅時効が問題となるケースを考えると、売買契約では、戸建て、マンションとも、買主の売買代金の支払と売主の所有権移転(実務上は、所有権移転登記手続に用いる書類の交付)を同時に行うのが通常であり、売買代金債権の未払が生じ、代金の消滅時効が問題となるケースは想定されません。

他方、売買以外の場面では、例えば、マンションにおいては毎月の管理費が定められているのが通常ですが、一部の住人に管理費の未納が生じることは珍しくなく、未払管理費の消滅時効が問題となるケースが想定されます。

また、賃貸物件の場合、賃料の未払が生じることが想定され、賃料債権の消滅時効が問題となることが想定されます。





3 改正前民法における債権の消滅時効

改正前民法では、消滅時効の時効期間は、権利を行使できる時から進行するとしたうえで、債権の時効期間を10年と定めていました(改正前167条)。

この時効期間に関しては、商法で商事債権の短期消滅時効の定めがあったほか、民法でも、債権の種類に応じた短期消滅時効が細かく定められており(例えば、弁護士報酬の時効期間は2年(改正前172条1項))、消滅時効期間が細分化されていました。

ただ、このような定め方に対しては、複雑で分かりにくい、債権の種類に応じた区分に合理性がないといった批判がありました。

(改正前166条)
1 消滅時効は、権利を行使できる時から進行する。
2 (省略)

(改正前167条)
1 債権は、10年間行使しないときは、消滅する。
2 (省略)





4 改正法における債権の消滅時効

今回の改正では、まず、時効の起算点に関し、債権者が権利行使可能であることを「知った時」から5年として、債権者の主観を基準とする規定が新設され(166条1項1号)、これが債権の消滅時効期間の原則とされました。そして、改正前の時効期間の起算点の「権利を行使できる時」を基準とした定めも補完的規定として残され、債権者の主観を要件とする規定(166条1項1号)と要件としない規定(同項2号)を組み合わせた形に改められました。

また、改正前は、債権の種類により消滅時効の期間が細分化されていましたが、今回の改正では、商事債権等の短期消滅時効に関する規定は撤廃され、消滅時効期間が統一されました。

住宅に関する債権の場合、例えば賃料未払が発生した場合、賃貸人が、賃料請求が可能であることを知らないという事態は考えられませんので、債権者の主観を基準とする166条1項1号が適用され、消滅時効の起算点は賃料の支払期限になると考えられます。

住宅に関する債権について、債権者の主観によらない10年の時効期間が適用されるのは、相続によって賃貸人が変わり、賃貸人となった相続人がそれまでの賃貸関係を知らなかった場合等の特殊な事情がある場合に限られると考えられます。

(債権等の消滅時効)
第166条

1 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
 一 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
 二 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
2 (省略)
3 (省略)





ポイント

改正前、債権の種類によって細かく期間が分かれていた債権の消滅時効の期間について、改正により時効期間が統一された。

改正前は、「権利を行使できる時」とされていた消滅時効期間の起算点について、債権者の主観を基準とした「債権者が権利を行使することができることを知った時」とする規定が新設され(166条1項1号)、この時点から5年間が原則となった。

債権者の主観によらない、「権利を行使できる時」から10年とする改正前の規定は、補完的規定として残された(166条1項2号)。



次回も、引き続き時効に関する改正を取り扱う予定です。


ABOUTこの記事をかいた人

一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。 第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか