第72回 プロバイダ責任制限法改正の概要(5)



回まで、今回の改正のポイントのうち、①ログイン型投稿に関する開示対象と開示要件を取り扱ってきましたが、今回は、①の改正に関連するプロバイダの義務の変更等について補足的に説明します。



1 開示関係役務提供者(プロバイダ)の意見聴取義務

発信者情報は、発信者のプライバシーや表現の自由等、重要な権利に関わる情報であることから、発信者の権利に配慮することなく開示が行われることは、発信者に対する権利侵害を招くおそれがあります。

そのため、改正前においても、開示関係役務提供者(プロバイダ。法律上の定義は2条7号にあり、5条1項の「特定電気通信役務提供者」と同条2項の「関連電気通信役務提供者」の総称)の発信者に対する意見聴取義務についての定めは存在しました(改正前4条2項)。

改正法においては、従来の意見聴取義務の骨格を維持しつつ、発信者が開示に同意しない場合、その理由も聴取すべきことが定められました(6条1項)。

これは、発信者情報の開示が、多くの場合には、私怨に基づく誹謗中傷を典型とする発信者の権利保護が重要視されない(発信者に理由を問う意義が乏しいと思われる)場面で問題となる一方、発信者のプライバシーや表現の自由といった重要な権利に関わる問題も含むため、その理由を問うことなく開示の判断を行うことは発信者の権利保護の観点から不十分との考えによるものと考えられます。



2 聴取された意見の取り扱い

改正法において、開示関係役務提供者(プロバイダ)は、開示に同意しない場合の理由を含めた意見聴取を行う義務が定められましたが、開示関係役務提供者(プロバイダ)が発信者情報を開示するか否かを判断する際、提示された意見に拘束されるとの定めはなく、この点は改正前後を通じて変わりありません。

したがって、開示を行うかどうかの判断は開示関係役務提供者(プロバイダ)に委ねられることになります。提示された意見をどの程度尊重すべきかについて、確立した考え方は確認できず、今後の裁判所の判断や実務運用を参考にすることになると思われます。

提示される意見は多種多様と思われ、一様な判断は困難と思われますが、意見が憲法上の権利を根底とした合理的で説得的なものである場合と主観的で感情的なものである場合とでは、その意義が異なると思われますので、開示関係役務提供者(プロバイダ)においては、意見の趣旨を正確に理解することが重要になると考えられます。



3 発信者情報の開示を受けた者の義務

発信者情報は、個人情報を含むことが多く、その使用方法によっては、発信者に対する不当な権利侵害が生じるおそれがあるため、改正前においても、発信者情報の使用方法を正当な権利行使の目的に限定する旨の定めが設けられていました(改正前4条3項)。

この基本的な考え方は改正法においても維持されているところ、改正法で侵害関連通信にかかる特定発信者情報の開示が新たに定められたことを受け(5条1項)、改正法では、特定発信者情報を含む発信者情報について、開示を受けた者は、正当な目的のみに使用するべき義務が定められました。

(開示関係役務提供者の義務等)
第6条
1 開示関係役務提供者は、前条第1項又は第2項の規定による開示の請求を受けたときは、当該開示の請求に係る侵害情報の発信者と連絡することができない場合その他特別の事情がある場合を除き、当該開示の請求に応じるかどうかについて当該発信者の意見(当該開示の請求に応じるべきでない旨の意見である場合には、その理由を含む。)を聴かなければならない。

2 (以下省略)

(発信者情報の開示を受けた者の義務)
第7条
第5条第1項又は第2項の規定により発信者情報の開示を受けた者は、当該発信者情報をみだりに用いて、不当に当該発信者情報に係る発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない。



ポイント

発信者情報開示請求が行われた場合、開示関係役務提供者(プロバイダ)は、改正前にも定めのあった意見聴取義務に加え、発信者が開示に同意しない場合、その理由も聴取する義務が定められた(6条1項)。

改正法においても、開示関係役務提供者(プロバイダ)は、提示された意見に拘束されることはなく、発信者情報を開示するか否かは、開示関係役務提供者(プロバイダ)自身が判断することが求められる。

発信者情報の開示を受けた者は、法律上認められた権利行使の目的のために情報を使用することが求められる。



次回からは、改正のポイントの2点目の発信者情報開示に関する新たな裁判手続を取り扱う予定です。


ABOUTこの記事をかいた人

一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。 第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか