前回は、住宅(不動産)の賃貸借に関わる改正の具体的内容を説明しました。今回も、引き続き、主要な改正事項を具体的に見ていきます。今回は敷金に関する規定を見ていきます。 敷金は、賃貸借契約で一般に用いられる概念であり、法律に馴染みのない方でも、賃貸物件に関する情報に触れたことのある方は、一度は耳にしたことがある用語と思われます。 ただ、改正前の規定では、316条や619条2項において敷金という用語が用いられていたものの、その概念についての定義はなく、判例等によって運用されてきました。 判例では、敷金について「賃貸借存続中の賃料債権のみならず、賃貸借終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金の債権その他賃貸借契約により賃貸人が貸借人に対して取得することのあるべき一切の債権を担保し、賃貸借終了後、家屋明渡がなされた時において、それまでに生じた右の一切の被担保債権を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき敷金返還請求権が発生するもの」とされていました(最判昭48・2・2民集27-1-80)。 実務においては、敷金と同様の性質の金銭として「保証金」の授受がなされることもありますが、このように、敷金以外の名目で授受される金銭の扱いついても、法的性質が明確ではありませんでした。 今回の改正では、敷金に関する条文が新設され(民法622条の2)、定義が明確化されました。 同条で「いかなる名目によるかを問わず」とされているとおり、その名目は敷金に該当するか否かに影響しないことが明確となり、「賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」を指すことが定められました。この定義は、上記の最高裁判例の考え方に沿ったものと考えられます。 第4款 敷金 第622条の2 1 賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。 一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。 二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。 2 賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。 今回の改正による条文新設により、敷金の返還時期とその範囲についても定められました(622条の2第1項)。 その概要は、①敷金の返還請求権は明け渡しが完了したときに発生し、②敷金が担保する範囲は、契約終了後、明け渡しまでの間の債務も含み、③敷金返還より先に明け渡しを行うことが要件とされ、④賃借権の譲渡によっても返還請求権が生じる、というものです。 こうした内容は、判例によって示されていた考え方に沿うもので、これまでの実務を変更するものではないと考えられています。 なお、民法622条の2の規定は任意規定とされていますので、当事者間で法と異なる合意をした場合、原則として、合意は有効とされます。例えば、当事者間で、「賃貸物の返還後●か月経過後に返還する」という合意がなされた場合、原則として、その合意に従うことになります。 これまで、法律上の定義がされていなかった敷金に関し、条文が新設され、定義が明確になった。 敷金の定義について、その名目は問わないことが明確化され、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭を指すこととされた。 改正法では、敷金の返還時期等も明文化されたが、これまで判例が示していた考え方に沿う内容であり、改正による実務上の影響は想定されない。 次回も、不動産賃貸借に関する改正の具体的内容を取り扱い、判例法理が明文化された点を中心に見ていく予定です。
1 改正前民法での敷金の扱い
2 改正法における敷金の定め
3 敷金の返還時期と範囲
ポイント