第19回 売る側が使う心理テクニック:その14:保有効果

前回は「双曲割引」と呼ばれる、遠い将来は待つことができるが、近い将来は待つことができないという非合理的な行動についてご紹介しました。
第十九回は「売る側が使う心理テクニック:その14:保有効果」です。
「もったいない。。。」という気持ちから捨てられない物をお持ちの方は多いと思います。その顕著な例が行動経済学者のダニエル・カーネマン氏が行った以下の実験から示されています。
実験の対象となる学生をランダムにAグループとBグループに分けました。Aグループには大学のロゴ入りのマグカップをプレゼントしました。
その直後に、Aグループの学生に対して、「いくらだったらBグループにそのマグカップを売るか?」という質問をしました。
Bグループの学生には、「いくらなら、Aグループにプレゼントされたマグカップを買うか?」という質問をしました。
マグカップは6ドルで販売されていることを学生は知っています。
その上で、以下の回答(学生の回答の平均)が得られました。
Aグループ:7.12ドルで売る
Bグループ:2.87ドルで売る
手に入れた状態と、手に入れる前でモノの評価が著しく変化したことが分かる実験です。このように、たった今手に入れたモノは、手に入れていない状態と比較して倍以上の差が出ることがあるということを示しています。
この最大の原因は愛着ではないでしょうか。住まいを手放すことがある場合、特にそれが顕著になると想像します。子供が大きくなって住み替える、もしくは子供が巣立って小さなマンションに住み替える場合には、今住んでいる場所を手放さなければいけません。
しかし、購入時に支払った金額から減価したとして、不動産販売会社に価格を掲示されたらもっと高く売れるのではないか、という感覚がどうしても生まれます。もちろん、路面価格が上昇し、想像以上に高く評価される場合もあるとは思いますが、それは極めて稀なケースだと言えます。
視点を変えてみましょう。
保有効果は住宅販売におけるモデルルームにも散りばめられています。モデルルームに入ったら、とても優雅な暮らしが演出されています。冷静に考えると違うのは当たり前ですが、自分はこんな空間で生活できるに違いない、という錯覚を脳裏に焼き付けられます。
モダンで洗練された空間に足を踏み入れた瞬間に保有効果が働き、“その空間に住む自分”を印象付けてしまうのです。つまり、必然的に保有している自分をイメージすることになるのです。
それはもちろん悪いことではありません。ワクワクしながら住宅展示場やマンションのモデルルームに行けば誰もがイメージするものです。そのイメージが先行し過ぎると、その商品を手に入れられなかった時のショックが大きくなります。それは保有効果が働いて一瞬でも住んで生活しているイメージを持っていたからです。
住宅だけではありませんが、やはりモノにもヒトにも“縁”があります。手に入れられなかったとしても、縁がなかったとして次の縁を探しにいけるよう、心の入れ替えが大事ですね。
次回は
「売る側が使う心理テクニック:その15:現状維持バイアス」
です。ご期待下さい。

山本広高(ヤマモトヒロタカ)
株式会社THINCESS代表取締役。JIMC日本統合医療センター、四ツ谷なかよし鍼灸院を経営。様々な業種における販売支援、新事業立ち上げ支援を行う現場重視のコンサルタント。
コラムバックナンバー
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- 第19回 売る側が使う心理テクニック:その14:保有効果
- 第18回 売る側が使う心理テクニック:その13:双曲割引
- 第17回 売る側が使う心理テクニック:その12:ハーティング効果
- 第16回 売る側が使う心理テクニック:その11:プロスペクト理論
- 第15回 売る側が使う心理テクニック:その10:テンション・リダクション効果
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