第40回 プライバシー侵害の救済方法(2)

今回は、プライバシー侵害の救済について、損害賠償の金額等が争いとなった、具体的事案を見ていきます。今回は、大人数の私的情報が外部に流出した事案を取り扱います。
1エステティックサロンを経営する被告がホームページにおいて実施したアンケート等により提供を受けた個人情報を、インターネット上で第三者による閲覧が可能な状態に置き、流出させた事案(「TBC事件」東京高判平19・8・28判タ1264-299)
原審(東京地判平19・2・8判時1964-113)は「これらの本件情報の性質、本件情報流出事故の態様、実際に2次流出あるいは2次被害があること、(中略)本件情報流出事故の発生後、被告は、謝罪のメールを送信し、全国紙に謝罪の社告を掲載するとともに、(中略)2次被害あるいは2次流出の防止のための対策を検討し、発信者情報開示請求訴訟の提起や保全処分事件の申立てをするといった措置をとったことなど、本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告らの精神的苦痛を慰藉するには、被告に対し、原告ら1人当たり各3万円の慰藉料の支払を命ずるのが相当」と判断しました(2次被害がない原告については2万円。請求額:一人当たり115万円)。
これに対し、原告らは、慰謝料が低額に過ぎるとして控訴しましたが、裁判所は「個人情報の開示を明示的に反対したにも関わらず情報を開示した場合や、ネット上で個人情報を開示して悪戯電話が多数かかってきた場合などと比べると、保護すべき個人情報の性質、具体的な2次流出あるいは2次被害の有無など前示した次第であることに照らして、前記各損害額は低額にすぎることはなく適切妥当」として、原審の判断を維持しました。裁判所が、迷惑メール等の2次被害の有無により、賠償額に差を設けている点は注目されます。
2インターネット接続サービス等の会員の個人情報(住所、氏名、電話番号、メールアドレス等)が外部に漏洩した事案(「Yahoo!BB事件」大阪地判平18・5・19判時1948-122)
被告のインターネット接続サービス会社らは、「漏えいした原告らの個人情報としては、氏名、住所、電話番号、メールアドレス程度の基礎的な情報しか記録されていなかったのであり、その持ち出しが直ちに損害を構成するものではない。」等と主張して争いましたが、裁判所は「住所・氏名・電話番号・メールアドレス等の情報は、個人の識別等を行うための基礎的な情報であって、その限りにおいては、秘匿されるべき必要性が高いものではない」としつつも、「しかし、このような個人情報についても、本人が、自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべきものであるから、これらの個人情報は、原告らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである」と述べてプライバシー侵害を認めたうえで、「原告らの精神的苦痛に対する慰謝料としては一人あたり5000円と認めるのが相当である。」と判断しました(他に、弁護士費用として、1人当たり1000円。請求額:一人当たり10万円)。
損害賠償の金額として低廉である点で注目されます。
3市から業務委託を受けた業者の従業員が住民基本台帳のデータ(氏名、年齢、性別、家族構成等)をコピーして名簿販売業者に売却した事案(大阪高判平13・12・25判自265-11)
控訴人(一審被告。自治体)は全面的に争い、損害についても「被控訴人(註:自治体の住民)らは、何ら実害を被っておらず、被控訴人らが一時的に不快感や憤怒の情を覚えたとしても、慰謝料をもって償うべき損害があったということはできない。」と主張しましたが、裁判所は、「被控訴人らのプライバシーに属する本件データにつきインターネット上で購入を勧誘する広告が掲載されたということ自体でも、それによって不特定の者にいつ購入されていかなる目的でそれが利用されるか分からないという不安感を被控訴人らに生じさせたことは疑いないところであり、プライバシーの権利が法的に強く保護されなければならないものであることにもかんがみると、これによって被控訴人らが慰謝料をもって慰謝すべき精神的苦痛を受けたというべきである」としてプライバシー侵害を認めたうえで、「そして、本件において、被控訴人らのプライバシーの権利が侵害された程度・結果は、それほど大きいものとは認められないこと、控訴人が本件データの回収等に努め、また市民に対する説明を行い、今後の防止策を講じたことを含め、本件に現れた一切の事情を考慮すると、被控訴人らの慰謝料としては、1人当たり1万円と認めるのが相当」と判断しました(請求額:一人当たり33万円)。
プライバシー侵害による損害賠償請求が認められた事案のうち、多数の者の個人情報が流出した事案においては、認められる賠償額は一人当たり数千円から高くても数万円にとどまっているケースが多い。
私的情報が外部に流出した事案においては、裁判所は、流出データを用いた実害がない場合でも、慰謝料を認めている。
私的情報が外部に流出した事案において、裁判所は、二次被害の有無により、賠償額に差をつけている事案がある。
次回も引き続き、プライバシー侵害に対する救済について、具体的事案に即して見ていく予定です。

原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか
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