第43回 プライバシー侵害の救済方法(5)

今回も、プライバシー侵害の救済について、損害賠償請求に関する具体的事案を見ていきます。今回は、私的情報の公表が問題となった事案を取り扱います。
1週刊誌が政治団体代表者のゴルフ場の土地やゴルフ会員権の売買に関する詐欺事件にかかる実刑の前科を記載したことによるプライバシー侵害が認められた事案(東京地判平4・3・27判時1424-72)
被告ら(雑誌発行元の新聞社および雑誌編集長)は、公共の利害に関する事項で違法性を欠く等と主張して争いましたが、裁判所は「前科の公表は直ちに公共の利害に関するものとは言えず、むしろ本人の更生を妨げるおそれがあること、(中略)社会的関心がほとんどなくなっていたことを考慮すると、本件前科の掲載は許されないものと言わなければならない」としてプライバシー侵害の成立を認めたうえで、「本件における諸般の事情を考慮し、被告らが原告に賠償すべき損害賠償額は50万円と認めるのが相当」と判断しました(請求額:500万円)。
裁判所は、損害額の判断については、「本件における諸般の事情を考慮し」と述べるのみで、具体的な理由を示していませんが、プライバシー侵害の事案としては比較的高額な慰謝料が認められています。
なお、本件の原告は、謝罪広告も求めましたが、裁判所は「性質からみて原状回復処分とはならず、むしろ、再びプライバシーを侵害」することになるとして、請求を退けました。
2著名なプロサッカー選手の出生から現在に至るまでの半生を記述した書籍において公表された出生時の状況、身体的特徴、家族構成、性格等サッカー競技に直接関係しない事項について、プライバシー侵害が認められた事案(東京地判平12・2・29判タ1195-183)
被告ら(出版社およびその代表者)は、原告が公的人物であること、公表を承諾していると推認できる範囲内の事項であること、原告の社会的評価の低下をもたらすものでないことなどを主張して争いましたが、裁判所は、「プロになる以前の事柄に関しては、当該スポーツ分野における活動歴等を除く私的事項についてまで公表されることを一般的に承諾しているということはできない。加えて、本件においては、原告は、従来からプロサッカー選手になる以前の行動や写真につき一切公表したくないという基本的な考え方を持っており、プロになる以前の事柄については、取材を受けても一切話をしていないことに照らすと、原告の承諾が推定されるということは、到底できない」としてプライバシー侵害を肯定したうえで、「原告がプライバシー権侵害により受けた精神的損害については、(中略)侵害行為の態様、本件書籍に対する原告の不快感や、(中略)被告らが本件書籍の出版により約3700万円の利益を得ていると認められることを総合すれば、原告の被った精神的損害を金銭的に評価すると、その額は200万円を下るものでない」と判断しました(プライバシー侵害にかかる請求額:1000万円)。
なお、本件では、プライバシー侵害のほか、著作権侵害やパブリシティ権侵害等も主張され、著作権(複製権)侵害も認められています。
本件はプライバシー侵害に対する慰謝料としてはかなり高額である点が注目されます。
3消費者金融会社の会長が入院中の病院の廊下で車椅子での移動中、本人の同意なしに撮影された写真が雑誌に掲載されたことについて、プライバシー侵害が認められた事案(東京地判平2・5・22判時1357-93)
被告ら(出版社および雑誌編集長)は、「(原告の)健康状態は、私的事項にとどまらず、公的関心事というべきである。そして、本件写真は、もっぱら公益を図る目的で掲載されたものである」等と主張して争いましたが、裁判所は、「病院の中は、患者が医師に身体を預け、秘密ないしプライバシーの細部まで晒して、その診療を受ける場所である。そして、患者が病院内において自らの秘密ないしプライバシーを細部まで開示するのは、病院の唯一の目的である患者の診療に必要不可欠であるからであり、これをおいて他に理由はない」としてプライバシー侵害を認めたうえで、200万円の慰謝料支払を命じました(請求額:500万円)。
なお、本件では、民法723条の類推適用により謝罪広告も認められています。
本件でも裁判所は慰謝料の算定根拠について言及していませんが、2の事案同様、かなり高額な慰謝料が認められており注目されます。
プライバシー侵害の類型において、私的情報の公表の事案では、比較的高額の慰謝料が認められた事案が確認できる。
週刊誌への実刑の前科の記載に関し、慰謝料50万円が認められた事案がある。
著名なプロサッカー選手にかかる書籍において公表された出生時の状況、身体的特徴、家族等サッカー競技に直接関係しないものについて、プライバシー侵害として200万円の慰謝料が認められた事案がある。
消費者金融会社の会長が入院中の病院の廊下で、無断で撮影された写真が雑誌に掲載されたことについて、200万円の慰謝料が認められた事案がある。
次回は、プライバシー侵害に対する損害賠償請求以外の救済方法について、具体的事案に即して見ていく予定です。

原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか
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