第39回 プライバシー侵害の救済方法(1)

前回までプライバシー侵害が成立するための要件を見て来ましたが、今回からは、プライバシー侵害が成立する場合に、それを救済する法的手段について取り扱います。初回の今回は救済方法の概要を見ていきます。
1損害賠償請求
プライバシー侵害も、名誉毀損と同様に不法行為に当たることから、民法709条に基づく損害賠償請求が可能であり、プライバシー侵害に対する中心的な救済手段となります。賠償を求める損害の内容については、その中心は、無形損害としての精神的損害の賠償を求める慰謝料請求となります。
プライバシー侵害が成立する場合に、裁判所によって慰謝料として認められる金額はケース・バイ・ケースですが、名誉毀損の場合と同様、高額の慰謝料が認められるケースはあまり見られないようです。この点については、侵害行為に対する抑止効果を期待する観点などから、より高額の慰謝料を認めるべきとの議論も見られます。慰謝料をめぐる具体的事案については、次回以降に取り扱う予定です。
その他、不法行為に基づく損害賠償請求においては、弁護士費用の請求も行われることが多く、慰謝料請求が認められる場合には、裁判所が、慰謝料の10%程度を弁護士費用として認めるケースが多く見られます。
2回復処分
名誉毀損においては、民法723条において「裁判所は、(中略)名誉を回復するに適当な処分を命ずることができる」との明文の定めがあり、謝罪広告、謝罪文書の交付などの回復処分が認められる場合があります。
これに対し、プライバシー侵害の場合には、保護の対象が私生活上の事実を公開されない権利であるため、いったん事実が公開されて侵害されてしまうと、謝罪によっても原状に回復することはできないことや、謝罪広告がさらなるプライバシー侵害につながるおそれがあることなどを主な理由として、回復処分を認めない考え方が多く見られます。他方、本質的な回復手段とはならなくても、補助的手段として認められるべきとの考え方もあります。
裁判所は、多くの裁判例において、原状に回復することは不可能であるとの立場をとって回復処分の請求を斥けていますが、民法723条の類推適用を認めた裁判例もあります。具体的事案は、別の回に見ていく予定です。
3差止請求
名誉毀損に関する差止については、「北方ジャーナル事件」判決(最判昭61・6・11民集40-4-872)が、「その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、(中略)、例外的に事前差止めが許される」と肯定の立場をとり、差止請求が認められるための実体的要件についても明確に示しました。
これに対し、プライバシー侵害における差止請求の可否については、裁判所の立場が明らかでありませんでしたが、「石に泳ぐ魚事件」の最高裁判決(最判平14・9・24集民207-243)が、プライバシー侵害に基づく差止を認めた原審の判断を維持したことから、差止請求を認める態度が明らかとなりました。
ただし、上記最高裁判決においても、プライバシー侵害に基づく差止請求が認められるための要件は明示されておらず、要件は確立されていないといえます。裁判例では、名誉毀損に関する「北方ジャーナル事件」に似た要件を示して、要件へのあてはめを行って判断したものや、特に要件について言及することなくプライバシー侵害による重大な被害を認めて、差止請求の可否を判断したものなどが見られます。こちらも、具体的事案については、次回以降に取り扱う予定です。
プライバシー侵害に対しては、名誉毀損の場合と同様、損害賠償請求が主要な救済手段となり、慰謝料を請求することが中心的な救済方法となる。
プライバシー侵害の場合には、保護の対象が私生活上の事実を公開されない権利であるため、いったん事実が公開されて侵害されてしまうと、謝罪によっても原状に回復することはできないとして、回復処分が認められないことが多い。
損害賠償請求以外の救済方法として、差止請求が認められる場合もあるが、差止が認められるための要件は明確にされていない。
次回も引き続き、プライバシー侵害の救済方法について、具体的事案に即して見ていく予定です。

原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか
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