第12回 名誉毀損の成立要件(1)

本コラムでは今回から新しいテーマとして、最近ではインターネットやSNSの使用によっても問題となることが多い名誉毀損やプライバシー侵害の問題を取り上げます。
最初のテーマは名誉毀損です。名誉毀損は、名誉毀損罪(刑法230条)として刑罰(3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金)が定められているほか、民事では不法行為(民法709条)となります。第1回目では、名誉毀損の成立要件について、名誉毀損の概念などを取り上げます。
1「名誉」の意義
「名誉」の概念は、一般に、以下の3つに分類されます。
(1)内部的名誉
自分や他人の自身に対する評価ではなく、客観的にその人の内部に備わっている価値そのものをいいます。
(2)外部的名誉
人に対して社会が与える評価をいいます。
(3)名誉感情
自分が自身の価値について持っている意識や感情をいいます。
上に挙げた名誉のうち、名誉毀損の対象として保護される対象について、判例は「人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉を指すものであって、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情は含まない」(最判昭45・12・18民集24-13-21)と述べていて、3分類のうち外部的名誉を保護の対象としていると考えられます。
したがって、人の「社会的評価」を「低下」させない場合には、名誉毀損には当たらないこととなります。
なお、判例によれば、名誉感情は名誉毀損の対象とはなりませんが、名誉感情を侵害する行為が不法行為(民法709条)に当たることもあり、名誉感情が法的保護の対象とならないというわけではありません。
名誉毀損の対象になるかどうかは、救済方法について、金銭による損賠賠償のみを請求できるか、その他の方法による救済も請求しうるか、という違いにつながります。名誉毀損の救済方法については、別の回で取り上げます。

2名誉毀損の対象
自然人が名誉毀損の対象となることは当然ですが、議論のあるものとして死者や法人その他の団体があります。
(1)死者
刑事では、刑法230条2項が死者に対する名誉毀損について規定していて、死者も対象としています。ただし、死者に対する名誉毀損は、虚偽の事実を摘示した場合でなければ罰しないとして、成立要件を事実の真偽を問わない通常の場合に比べて限定しています。
民事においては、通常、遺族による責任追及がなされることになり、認められた裁判例も複数あります。その際の法的構成として、遺族自身の名誉に対する侵害ととらえる考え方(死者の名誉を毀損する表現が、同時に遺族の名誉も毀損する場合)、遺族の死者に対する敬愛追慕の情に対する侵害ととらえる考え方等があります。
(2)法人
名誉毀損の対象となる名誉が、「感情」ではなく「社会的評価」であることから、法人も名誉毀損の対象となると考えられています。また、権利能力なき社団についても名誉毀損の対象となると考えられています。
法人に対する名誉毀損において、法人には精神的損害がなく慰謝料が観念できないため、損害賠償請求が認められるかが問題となったケースもありますが、判例は、精神的損害と別の「無形の損害」を認め、損害賠償請求を認めています(最判昭39・1・28民集18-1-136)。
(3)その他の集団
法人でない集団に対する名誉毀損の成否は、集団に対する表現が、集団に属する特定の人の社会的評価を低下させるといえるかどうかによって分かれると考えられています。
所沢産の葉物野菜にダイオキシンの含有濃度が高いとするテレビ報道について、市内の農業者が集団で提訴したのに対し、「所沢市内において野菜を生産する農家といった程度に相手方が特定されていれば十分」として特定性を認めたケース(さいたま地判平13・5・15判タ1063-277。ただし請求は棄却)、「サラ金」について記述した新聞記事に対して消費者金融業者が名誉毀損を主張したのに対し、個々の業者の名誉が毀損されたわけではないとして名誉毀損の成立を否定したケース(東京地判平9・6・23判タ961-226)等があります。
名誉毀損の対象となる「名誉」とは外部的名誉、すなわち社会的評価のことをいう。
名誉感情は名誉毀損の対象とはならないが、名誉感情の侵害が不法行為に当たることはあり得る。
死者の名誉を毀損する表現も、民事、刑事ともに名誉毀損の対象となり得る。
法人に対しても名誉毀損が成立する場合があり、その場合、「無形の損害」に対する損害賠償請求も認められる。
集団の名誉を毀損する表現については、集団に属する特定の人に対する名誉毀損行為といえるかどうかにより名誉毀損の成否が分かれる。
次回は、引き続き名誉毀損の成立要件をみていきます。

原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか
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