第45回 プライバシー侵害の救済方法(7)

前回に引き続き、プライバシー侵害の救済について、損害賠償請求以外の方法に関する具体的事案を見ていきます。今回は差止請求が行われた事案を取り扱います。
1学校法人理事長の女性問題等の私生活を記述した書籍について出版等の差止請求が行われた事案(「虚妄の学園」事件。東京地判平元・3・24判タ713-94)
裁判所は、書籍の事前差止めについては表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうるもので、慎重に判断すべきとしたえで、「事前差止めのためには、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあることを要するものと解するのが相当」という要件を示し、本事案については「右表現内容について真実でないことあるいはこれに乏しいことについて一応の疎明があった」「右著述部分が本件書籍中に含まれて発行されるときは、債権者らは重大かつ著しく回復困難な損害を被るものであるといわざるをえない」等と述べて、請求の一部を認める判断をしました。
裁判所が「北方ジャーナル」事件の判例と類似の要件を示して判断した事案として注目されます。
2宝塚歌劇団のスターである債権者らが、債務者会社の発行した表題「タカラヅカおっかけマップ」の書籍により私的生活の平穏が害されあるいは害されるおそれがあるとして、プライバシーの権利、肖像権を被保全権利として、書籍の出版等の禁止を求めた事案(「タカラヅカおっかけマップ」事件。神戸地決平9・2・12判時1604-127)
裁判所は「本件債権者らはいずれも独身、一人住まいの若い女性であって、私的生活のうえで不必要にファンの押しかけ、付きまといを受けたり、職業がら深夜帰宅が稀ではないところ正体不明の者に追尾されることなどを切実に危惧し、債権者の一部には現実に種々の嫌がらせ行為を受けていることが窺われ、債権者真矢みきこと佐藤美季ら一二名に関しては、本件書籍の出版、販売が継続されて住居情報の公開がさらに続けられるときは回復困難の損害を受けるおそれがあると認めることができる」と述べて、債権者の一部の請求について、書籍を出版、販売等の差止請求を認めました(一部債権者については、請求却下)。
裁判所は、差止請求が認められるための要件を特に示すことなく、「回復困難の損害を受けるおそれ」があることを根拠として差止請求を認めた点が注目されます。
3顔面に腫瘍の障害のある知人をモデルとしたモデル小説の書籍について出版の差止請求が行われた事案(「石に泳ぐ魚」事件。最判平14・9・24判時1802-60)
原審(東京高判平12・12・25判時1741-68)は、「どのような場合に侵害行為の事前の差止めが認められるかは、侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ、予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量して決すべき」との要件を示したうえで、比較衡量により請求を認めました。
最高裁判所は、「原審の確定した事実関係によれば、公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉、プライバシー、名誉感情が侵害されたものであって、本件小説の出版等により被上告人に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるというべきである。したがって、人格権としての名誉権等に基づく被上告人の各請求を認容した判断に違法はな」いと述べて、差止請求を認めた原審判決の判断を是認しました。
最高裁が、プライバシー権に基づく差止請求を認める立場を明らかにした点、また、差止請求が認められるための要件を明示しなかった点が注目されます。
裁判所は、「石に泳ぐ魚」事件の最高裁判決により、プライバシー権に基づく差止請求を認める立場を明らかにした。
最高裁判決によっても、プライバシー権に基づく差止請求が認められるための実体的要件は明らかになっていない。
裁判例では、特に要件を示すことなく被害回復の困難性を指摘して請求を認めるもの、「北方ジャーナル」事件の判例に似た要件を示して当てはめを行うもの等がみられる。

原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか
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