第30 名誉毀損の救済方法(9)

今回は、前回概要を説明した削除請求について、具体的な方法を見ていきます。
インターネット上の投稿に対する削除請求は、発信者に対する請求と掲示板等の管理者に対する請求が考えられます。しかし、インターネットの特性上、発信された情報のみからでは発信者が特定できない場合が多く、発信者に対する請求が困難なことも珍しくありません。そのため、削除請求の対象は、発信者ではなく、管理者とするのが現実的な場合が多いと考えられます。
以下では、掲示板等の管理者に対する削除請求の具体的方法を見ていきます。
1裁判手続を介さない方法
(1)サイトのフォームを通じた請求
多数の利用者がいる掲示板等においては、削除請求の件数も必然的に多くなります。そうした事情も踏まえ、サイトによっては、管理者が、サイト独自の運用基準を設けたうえで、専用の削除請求のフォームを準備している場合があります。
例えば、匿名掲示板の「2ちゃんねる」の場合、以下のフォームが準備されています。
https://qb5.5ch.net/saku2ch/index2.html
このように専用のフォームが設置されている場合、要件を満たすのであれば、フォームを通じての請求が簡易・迅速であり、費用もかからずメリットがある場合が多いと思われます。ただし、フォームの運用基準や削除の要件はサイトによって異なるため、管理者側が求める情報等を準備できるかがポイントとなります。
(2)書面による請求
サイトが設置している専用フォームの有無にかかわらず、管理者に対して、書面により削除を求める方法も考えられます。
この方法には法的な拘束力はありませんが、管理者側の判断により削除の対応がとられれば、裁判手続を用いるよりも簡易・迅速であり、費用面でのメリットも期待されます。
また、管理者が設置したフォームと異なり、送信の際の制約がないため、主張の根拠となる資料を添付する等の主張の補強も可能となります。
請求の相手方はサイトの管理者とする必要があるところ、例えば「Twitter(ツイッター)」のように管理者が外国法人(米国法人Twitter, Inc.)である場合もあり、このようなケースでは、管理者でない日本法人(Twitterの場合、Twitter Japan株式会社)に対して請求を行っても効果がないことには留意が必要です。
2裁判手続による方法
(1)訴訟
民事上の紛争に関する裁判手続として、もっとも一般的な手続は訴訟です。名誉毀損においても、裁判手続によって損害賠償を求める場合には、訴訟を提起することが想定されます。
しかし、民事訴訟は、訴えの提起から判決言い渡しまでに相当期間を要するという難点があります。判決言い渡しまでに要する期間は事案の性質や当事者の訴訟戦略等によって様々ですが、第一審における平均審理期間は約9か月というデータもあり、その間に損害が拡大したり、場合によっては、投稿が転載されるなどして、訴訟に勝訴しても救済が実現しないこともあり得ます。
そのため、削除請求の事案において訴訟手続を用いることは、手続上可能ではあるものの、実効性の観点からは有効な手段と考えにくいことも多いと考えられます。
(2)仮処分
仮処分は、民事保全法を基礎として、訴訟に比べ簡易・迅速な審理を行い、権利の保全を図る手続です。
仮処分決定を得るために裁判所に担保を提供する必要がある等の条件もありますが、申立てから1か月以内に決定が出ることも珍しくなく、訴訟にはない迅速性が期待できる手続です。
管理者が外国法人である場合、相手方(仮処分手続においては「債務者」)を当該外国法人とする必要があることは、裁判外手続の場合と同じです。もっとも、後に説明する開示請求を中心として仮処分申立ての実績が蓄積される中で、管理者が外国法人であっても、日本の裁判所の管轄で審理が行われて仮処分決定が出され、救済が実現した例も現れてきており、管理者が外国法人の場合であっても、仮処分は有効な救済方法と考えられます。
裁判所が申立てを認めた場合、裁判所は管理者に対して、対象の投稿を「仮に」削除することを命じます。もっとも、削除を求める側にとっては、投稿が多数人の目に触れる状態にあるかどうかが問題であり、削除が「仮」であるかどうかはさほど問題ではないと考えられますので、仮処分決定が発令され、管理者側が決定に従って削除対応をとれば、救済手段としては有効に機能します。
なお、仮処分手続は訴訟によって最終的な権利関係を確定させることが想定されています。しかし、削除請求事案の場合、仮処分によって削除がされれば救済が実現され、訴訟によってさらに削除を求める必要性は見出しがたいことから、訴訟が提起されずに仮処分のみで終了する事案が多いと考えられます。
削除請求には、裁判手続を介さない方法と裁判手続による方法がある。
掲示板等のサイトによっては、管理者が独自の削除請求のフォームを設置している場合がある。
管理者によってフォームが設置されていない場合等、管理者に対して書面を送付して、削除を求める方法もある。ただし、サイトによっては、管理者が日本法人でない場合もあるので注意が必要である。
裁判手続を用いる場合、簡易・迅速な判断が得られる仮処分を用いるのが効果的である場合が多い。
次回は、削除請求と並んでインターネット上の名誉毀損に対する救済方法として特徴的な発信者情報の開示請求を見ていく予定です。

原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか
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