第28回 名誉毀損の救済方法(7)

今回は前回に引き続き、損害賠償請求以外の救済手段を取り扱います。今回は、謝罪広告請求等が行われた実際の事案を見ていきます。
1謝罪広告請求が認められた例
宝石の鑑定及びグレーディングサービス等を行う会社である原告が、被告(新聞社)に対し、被告の発行する週刊誌上で「1兆円市場 ダイヤモンドに気をつけろ!!」「組織的″インチキ表示″発覚」等と題する記事が掲載されたことについて損害賠償金の支払と謝罪広告の掲載を求めた事案(東京地判平16・3・22判タ1180-248)
裁判所は、被告に330万円の損害賠償の支払を命じるとともに、「本件記事が全国で多くの読者に読まれたことにより、原告の一般消費者に対する信用は著しく低下したものと認められる。現に、(中略)取引先である大手百貨店のうち1社からは、(中略)取引を中止され、このような状態は現在も続いているというのである。したがって、本件記事によって原告が被った損害を回復するためには、金銭賠償のみでは不十分であり、全国の一般消費者に向けられた謝罪広告の掲載の必要がある」と述べて、謝罪広告の請求を認めました。
裁判所は、原告が鑑定業者という社会的信用が重要な職種であることを重視して判断を行ったものと考えられます。
2謝罪広告請求が認められなかった例
被告(出版社)が発行する週刊誌において、「スクープ!!なんと家族にも報告せずに11年間封印 日テレが隠蔽! 23歳女子学生拉致の真相」との見出しの下、原告(テレビ局)が、失踪事件についての番組取材において、詳細な北朝鮮による拉致証言を得ていたにもかかわらず、その証言を失踪者の家族にも報告せず11年間も隠蔽した事実等を掲載したところ、原告が被告に対し、これらの事実は内容虚偽で原告の名誉と信用を侵害すると主張して、損害賠償金の支払および謝罪広告の掲載を求めた事案(東京地判平18・6・20判タ1242-233)
裁判所は、名誉毀損の成立を認めて被告に損害賠償金440万円の支払を命じましたが、謝罪広告請求については、「その性質上、掲載の必要性が高い場合に限って認めるのが相当であるところ、本件雑誌(中略)が発行されてからすでに2年以上が経過し、本件各記事により原告に対して読者が得た印象も相当薄らいでいるとみられること及び原告は大手テレビ局で全国的な放送網を有し、自らの名誉を回復する手段を有していることからすれば、本判決が被告の不法行為責任を肯定し損害賠償を一部認容したことをもって原告の名誉を回復するに十分であるといえ、原告の名誉回復のために謝罪広告を掲載すべき高度の必要性があるとは認められない」と述べて、請求を棄却しました。
マスメディア自身が原告となった事案においては、自ら勝訴判決を報道することによって名誉回復が図れるという事情が一つの考慮要素とされ、謝罪広告請求が認められにくい傾向が見られます。
3謝罪広告請求は認められず、訂正広告が認められた例
被控訴人(新聞社)が、全国紙の紙上に、「サリン研究を継続」の大見出し、「オウム」の小見出し等を付した記事を掲載したところ、オウム真理教の組織を承継する控訴人が、記事の内容は控訴人が現在も組織的にサリン製造のための研究を継続しているかのような印象を与えるものであり、これにより控訴人の名誉が毀損されたとして、被控訴人に対し、損害賠償および謝罪広告の掲載を求めた事案(東京高判平13・4・11判時1754-89)
裁判所は、名誉毀損の成立を認めましたが、「新聞の見出しの性質、本件見出しの表現内容、本件記事に対する読者の関心の高さ等の事情によれば、本件記事の見出し部分のみを読んだ読者についてもたらされる控訴人の社会的評価の低下については、これが深刻な程度にまで至っていると考えることは困難」としたうえで、「控訴人の社会的評価の低下の内容及び程度に照らすと、控訴人のこの社会的評価の低下を回復する方法としては、損害賠償に代えて、(中略)本件記事の訂正記事を掲載させることが最も適切かつ有効なものというべきであり、この訂正記事が掲載されることにより本件見出しによる控訴人の社会的評価の低下も回復される(中略)。したがって、この訂正記事の掲載を超える控訴人の謝罪広告の請求及び慰謝料請求には理由がない」と述べて、訂正記事の掲載のみを命じました。
謝罪を強制することは、憲法上の思想・良心の自由と関係する問題も指摘されるところ、誤報の訂正や取消しについては、謝罪に比べて思想的な問題となりにくいことから、謝罪広告請求に対して、裁判所が、訂正・取消しの限度で認める例も複数見られます。
社会的信用が重要視される宝石鑑定業者に対する名誉毀損について、裁判所が謝罪広告を認めた事案がある。
メディアのように、自ら名誉回復の手段を有する者による謝罪広告の請求は、認められにくい傾向がある。
謝罪広告請求が行われた事案において、裁判所が謝罪広告は認めず訂正記事掲載の限度で認めた事案がある。
次回は、名誉毀損に対する損害賠償請求以外の救済方法のうち、インターネット上の名誉毀損についての特徴的な救済方法を取り扱う予定です。

原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか
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