第23回 名誉毀損の救済方法(2)

前回は、名誉毀損に対する損害賠償請求の概要等について説明しました。損害賠償請求の中心は無形損害のうち精神的損害に対する慰謝料請求ですが、慰謝料の問題については次回詳しく取り扱う予定ですので、今回は、損害賠償請求において考えておくべき問題をいくつか取り上げます。
1消滅時効の起算点
不法行為に基づく損害賠償請求は3年間の消滅時効が定められており、その起算点は「被害者・・が損害及び加害者を知った時」(民法724条)とされています。
「損害を知った時」の解釈について、社会通念上、容易に知り得た場合にはその段階で「知った」と評価して良いという見解もありますが、裁判所は「同条にいう被害者が損害を知った時とは、被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうと解すべきである。」(最判平14・1・29民集56-1-218)と述べ、現実の認識が必要としています。
その理由については「本件のような報道による名誉毀損については、被害者がその報道に接することなく、損害の発生をその発生時において現実に認識していないことはしばしば起こり得ることであるといえる。被害者が、損害の発生を現実に認識していない場合には、被害者が加害者に対して損害賠償請求に及ぶことを期待することができないが、このような場合にまで、被害者が損害の発生を容易に認識し得ることを理由に消滅時効の進行を認めることにすると、被害者は、自己に対する不法行為が存在する可能性のあることを知った時点において、自己の権利を消滅させないために、損害の発生の有無を調査せざるを得なくなるが、不法行為によって損害を被った者に対し、このような負担を課することは不当である。」(上記判決)と説明しています。
2名誉毀損行為後に生じた事情の損害への影響
名誉毀損行為があった後に生じた事情によって、発生した損害が影響を受けるかという問題について、いわゆる「ロス疑惑事件」で争点となりました。この事件では、名誉を毀損する新聞記事の発行後に有罪判決があったことによる影響が争われ、下級審では異なる判断が示されていました。
この点について、上記の最高裁判決は「新聞の発行によって名誉毀損による損害が生じた後に被害者が有罪判決を受けたとしても、これによって新聞発行の時点において被害者の客観的な社会的評価が低下したという事実自体に消長を来すわけではないから、被害者が有罪判決を受けたという事実は、これによって損害が消滅したものとして、既に生じている名誉毀損による損害賠償請求権を消滅させるものではない。」と述べ、損害の認定に名誉毀損行為後の事情を考慮しない立場を明確にしました。
3損害額に上限があるか?
一個人に対して複数の名誉毀損行為があった場合、それぞれの損害を積み上げると膨大な損害が認められ適当でないとして、被害者の損害は、被害者の人格に基づく総量が上限となるのではないかという考え方があります。
しかし、裁判所は「名誉棄損の被害者は加害者に対して精神的苦痛を慰謝するための損害賠償を請求することができるものであり、回を重ねて名誉を棄損された被害者が取得する慰謝料の総額が多額に上ったとしても、その後の名誉棄損により被害者に精神的苦痛が生じなくなったとはいえない。個々の名誉棄損による慰謝料の額は、個々の事案の特質、加害者及び被害者に認められる諸般の事情など一切の事情を斟酌して決められるべきものである。」(東京高判平5・9・27判タ853-245)、「人格そのものは一個であるとしても、社会的評価を形成する基礎となる人間の社会的活動は多面的であり、したがって、これに対する評価もまた、時及び場所を異にすると別個のものが形成され、あるいは、変化する余地があると考えられる。そうすると、第一審原告のいうように全人格的な総量なるものを措定すると、本来多面的かつ流動的なものである社会的評価を固定してとらえることになり相当でないというべきである。」(東京高判平5・9・29判タ853-243)と述べており、損害の上限を定めない見解を採っています。
近年、SNSなどで一個人に対して多数の名誉毀損の書込みが行われることが多く見られ、「炎上」と呼ばれることもありますが、参考となる判断と思われます。
名誉毀損に基づく損害賠償請求における消滅時効の起算点を定める「損害を知った時」とは、被害者が損害の発生を現実に認識した時とされている。
名誉毀損行為によって生じた損害は、その後に生じた事情によっては影響を受けない。
一個人に対して複数の名誉毀損行為があった場合、損害は個々の行為について算定される扱いがされており、一定の上限額以下の制限される考え方は採られていない。
次回は名誉毀損に基づく損害賠償請求に関わる問題のうち、慰謝料の問題を取り扱う予定です。

原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか
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