第19回 名誉毀損の成立阻却事由(4)

前回まで、名誉毀損の成立阻却事由の要件を見て来ましたが、今回からは、成立阻却事由について争われた具体的な事例を見ていきます。今回は、事実の公共性が認められるかが争点となった事例を取り扱います。
1著名人に関する事例
長年「大原麗子」という芸名で芸能活動に従事している被控訴人(一審原告)について、「何が起きた!?大原麗子」、「犬と大げんか」、「トラブル続出でご近所大パニック」という見出しの雑誌記事が掲載されたこと等について、名誉毀損の成否が争われた事案(東京高判平13・7・5判時1760-93)
上記の事案で、控訴人(出版社、一審被告)は、日本の芸能界における大物女優であり、その行動がファンや読者の注目を浴びている被控訴人が、近隣住民とトラブルを起こしているということは秘匿されるべきプライバシーではなく、むしろ社会的事件として公正に報道すべき事実であり、公共の利益にかなうと事実の公共性を主張して争いました。
しかし裁判所は、「公共の利害に関する事実とは、当該事実が多数一般の利害に関係するところから右事実につき関心を寄せることが正当と認められるものを指すのであって、多数人の単なる好奇心の対象となる事実をいうものではない。」と述べたうえで、「本件記事等の内容は、一般人感性を基準として見ても、通常は公表されたくないと考えられるものであり、被控訴人が著名な芸能人であるからといって、その情報が国民の個人としての自己の思想及び人格の形成、発展に資する性質のものであってその社会生活の中にこれを反映させていく上で不可欠のものであるとはいい難く、それを報道することが公共性、公益性を帯びるとはいえない。」として、事実の公共性を否定しました。
裁判所は摘示された事実の内容を具体的に検討して判断していることが読み取れます。
2社会的事件に関する事例
ある女性が、悪徳商法による詐欺事件で社会的注目を浴びていた豊田商事会長の愛人であり、悪徳商法のパートナーでもあった等とする雑誌記事について名誉毀損が争われた事案(東京地判昭63・2・15判時1264-51「週刊フライデー」名誉毀損事件)
上記の事案で、被告ら(出版社、発行人等)は、本件記事の対象は、個人の私生活上の行状ではあるものの、会長の豊田商事グループ内における地位、同グループ商法の反社会性、被害の大きさ及び社会的関心の高さにおいて、公共の利害に関する事項となることは明らかと事実の公共性を主張しました。
しかし裁判所は、「訴外永野(註:会長)の愛人が誰であるか、また、どういう女性であるかというような事柄は、訴外豊田商事及び同グループの反社会的商法の実態とは何ら関係のない問題であり、そのような事柄を指摘することが訴外豊田商事及び同グループの悪徳商法の根絶につながるとは到底考えられないし、また、そうした目的のために訴外永野の人物像及び行状を解明するという観点からしても、右問題に関連する範囲において同人自身の人物像及び行状を指摘すれば足りるのであり、その愛人と目される女性について顔写真入りでしかも対象を明確に特定し得るような記述によつて摘示することがその解明にとつて必要性のあることであるとは到底認められない。」等と述べて、事実の公共性を否定しました。
社会的関心を集めた事件であっても、摘示された事実と事件との関わりが薄い場合には、公共性が否定されるという考え方が示されています。
3犯罪行為に関する事例
国鉄の労働組合の本、支部や成田空港周辺の反対派団結小屋などに対して、威力業務妨害、放火、凶器準備集合などの嫌疑で、警察による家宅捜索が行われたことを報じるとともに、捜索により信号ケーブル切断事件など一連のゲリラ事件に国鉄千葉動労が関与していたことがはっきりした等と記載した新聞記事について名誉毀損の成否が争われた事案(東京地判昭62・10・26判時1254-82)
上記の事案において、裁判所は、記事により原告(労働組合)の社会的評価が低下したことは認めましたが、「国鉄の信号ケーブル切断事件等のゲリラ事件は、国民に対し、一時的にせよ重要な交通機関を利用できないなどの実害を及ぼし、少なからぬ不便と脅威を与えるものであり、しかも、このゲリラ事件に関し、当時の国鉄職員の労働組合の本、支部が捜索されたとの事実は、公共の利益の観点から放置できない事柄であるから、このようなことを報道した本件第一記事が、公共の利害に関する事実にかかわるものであることは、明らか」であると述べて、事実の公共性を肯定しました。
法律に反する犯罪事実についての報道は、公共の利益に資すると判断されやすいと考えられます。
著名人の近隣とのトラブルについて、裁判所が、一般人感性を基準として見ても、通常は公表されたくないと考えられるものであり、著名な芸能人であるからといって、その情報が国民の個人としての自己の思想及び人格の形成、発展に資する性質のものとはいい難いなどとして、事実の公共性を否定した事例がある。
社会的注目を集めた事件に関連して、渦中の企業の会長の愛人とされる女性についての雑誌記事について、裁判所が、事件の解明にとっての必要性等を考慮して事実の公共性を否定した事例がある。
犯罪事実に関する新聞記事について、裁判所が、公共の利益の観点から放置できない事柄であるから、このようなことを報道した記事が、公共の利害に関する事実にかかわるものであることは明らかとして事実の公共性を認めた事例がある。
次回は、今回に引き続き、名誉毀損の成立阻却事由が争われた実際の事例を見ていきます。

原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか
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