第11回 近隣紛争(2)

今回のテーマは、前回に引き続き近隣紛争です。前回の後半で取り扱った近隣紛争の一例を、もう少し紹介していきます。
〇隣の土地は、自分の所有する土地より高い所にあり、境界部分は崖になっています。風雨により崖崩れの危険が生じたため、擁壁工事をしてほしいと思うのですが、隣地の住民に請求することは可能でしょうか?
土地の所有権を有する人は、所有権が侵害される危険が生じた場合には、危険を予防することを請求することができ、これを所有権に基づく妨害予防請求権といいます。今回のケースでは、土地の所有者が、崖崩れにより土地の利用を妨げられる危険が生じているので、妨害予防請求権を行使できる場面と考えられます。妨害予防の具体的手段として、崖の擁壁工事を求めることができると考えられます。
しかし、工事の実施を求めることは出来るとしても、擁壁工事は一般に多額の費用がかかるところ、その費用を誰が出すかという問題があります。妨害予防請求権等を行使する場合の費用負担の問題については複数の見解があるところですが、このようなケースで、崖下の住民が崖上の住民に対し、崖上の住民が費用を全額負担して工事を実施することを請求したのに対し、費用は共同で負担すべきとして、請求を認めなかった裁判例があります(東京高判昭51・4・28判時820-67)。裁判所は、当事者間の実質的平等を重視して判断したと考えられます。
〇私の所有している土地はいわゆる袋地になっています。公道に出るための土地の部分を通行したり、ガス、上下水道、電気等の配管、配線工事を行いたいのですが、隣地の住民とは折り合いが悪く協力してくれるか分かりません。隣地の使用を認めてもらえるでしょうか?
民法は、いわゆる囲繞地通行権を規定しており、公道に接していない土地の所有者は、公道に至るため、囲んでいる他の土地を通行することができるとされています(210条)。その際の方法や場所については、他の土地のために損害が最も少ないものを選ぶこととされています(民法211条1項)。したがって、このような条件を満たす方法であれば、隣地の通行は認められることになります。
また、下水の排水設備に関しては、下水道法11条に同様の規定が置かれていますので、法の定めに従った形であれば、排水設備の設置が可能となります。
ただ、ガス、上水道、電気、電話の配管、配線工事に関しては、法律上の定めがなされていません。しかし、このような点が争いになったケースで、囲繞地通行権等と同様に、損害が最も少ない方法での利用が認められた裁判例は多くあります(大阪高判平10・6・30判タ999-255等)。現代の社会生活において、ガス、電気、水道等が不可欠となっていることを考慮しての判断と考えられます。
したがって、今回のケースで隣地の住民の協力が得られなかったとしても、訴訟を起こせば、方法や場所が制約されても、通行や工事は認められる可能性が高いと考えられます。もっとも、隣地の所有者との間で訴訟を起こすと、感情的な対立が深まる等、様々な場面で日常生活に支障が出ることが予想されます。したがって、法律の規定などを粘り強く説明して理解を得たうえで工事等を行うことが望ましいと考えられます。

〇隣の住民が雪の対策をまったくしないので、屋根に降った雪が全て私の家の庭に落ちて来て困っています。隣の住民に対して何か求めることはできないしょうか?
今年は各地で大雪となっていますし、雪による紛争も起こりうる状況かと思います。雪自体は自然現象ですが、自分の所有地に降った雪によって周囲に危険が生じないようにする等の対応をすることは土地所有者の義務と考えられますので、合理的な理由なしにまったく対応をとらないとなると、法的責任が生じうると考えられます。
例えば、落ちてきた雪によって、物が壊れるといった事態が生じた場合、不法行為に基づき損害賠償を請求することが考えられます。ただし、裁判で争うことになった場合には、隣の住民の不適切な対応によって損害が生じたことを証拠によって証明する必要が生じることがありますので、状況を録画しておく等の証拠収集の工夫が必要となります。
もっとも、こうした請求は、生じた損害を回復させることを求めるもので、現に起こっている事態の解決には向きません。現に起こっている問題の解決には、上でも述べた所有権に基づく妨害予防請求権を行使し、工事を行って雪の落下の防止を求めること等が必要となります。このような請求を行う場合、訴訟では仮に請求が認められても判決が出るまでに相当期間を要しますので、想定される被害が深刻で早急な対応を要するような場合には、より迅速な審理が行われる仮処分の申請を検討することも考えられます。
土地の所有者は、土地の利用が妨げられる危険が生じた場合、所有権に基づいて危険を予防する請求をすることができる。
近隣紛争の解決のために費用負担が問題になる場面があり、裁判例では、実質的公平を重視して判断したと思われる事例がある。
公道に接しない土地について、公道に至るための通行や、排水設備の設置のために他人の土地を利用することについては、民法や下水道法で、一定の条件のもとに認められている。
電気、電話、ガス、上水道の工事のための他人の土地の利用については明文規定がないが、裁判例では、損害の最も少ない方法での利用を認めるケースが多い。
問題の解決が急を要する場合、仮処分の手続を用いることが考えられる。

原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか
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